赤い血

マサさんはセックス自体が久しぶりだったのだろう。一度目の貪られるようなセックスが終わった。

おしゃべりをしながら少し時間を置いて、また甘い雰囲気になった。私は経験人数も少なくて、こんな風に短時間に行為が繰り返されることがなかった。一度目の貪るようなそれを補うみたいに今度は私の身体を愛撫された。

マサさんがこれまでしてきた女性と私は違った。身体が未開発で、刺激が強すぎた。悪気のないその愛撫に「強すぎるから辞めて」と口から言葉が出るようも前にマサさんが「ごめん」と言った。

薄暗い間接照明から明るい室内照明にすると鮮血がシーツについていた。青ざめた顔のマサさんがテッシュを取ってくれて充てがうと、赤い血が溢れてきた。痛いんだか何か分からなくて、でも鼻血が出たみたいに溢れ出てきた。

私はなんの根拠もなく「大丈夫だから」とヘラヘラした。横になってマサさん「ごめんな、ごめんな」と繰り返して「病院いくか?ごめんな」と言った。

私はしばらくして血が止まったので、足についた血を洗い流すためにシャワーを浴びた。バスルームに入ってひとりになると涙が溢れた。

心よりも先に躰が反応してくれたので、自分の躰に悪いなと思った。いつもこんな風だな、私。

哀しいセックスだった。

渋谷での夜

叔父のお見舞いに行き、私は渋谷へ向かった。

マサさんは裕福ではなくむしろお金に困窮していた。私は地方の出身で両親も共働きだったし、お金に関しては厳しく育てられた。マサさんはバツ2で、最初の人は10代で結婚した相手でもう息子は大学を卒業していた。養育費も払ったという。現在の奥さんと子供が産まれる前に離婚しており復縁した。そしてひとり息子がいた。

東京で生まれて育って物価も環境もまるで違うし、マサさんの奥さんは働いていて何故お金に困窮するのか分からなかった。でもその時は気にならなかったし、私は自分の働いたお金があったので、数時間会うためだったけど二人分の宿泊費を払って渋谷のホテルをとった。

渋谷の人の多さに驚いた。ネオンとたくさんの人で渋谷駅徒歩7分のホテルにたどり着くのに40分かかった。

深夜12時になる前にマサさんからもうすぐホテルに着くよ。と連絡が来た。もうすぐがどのくらいの時間か分からなくて、まだ冷え込む渋谷の夜の街の縁石に座って彼を待った。仕事着で現れたマサさんは写真やビデオ通話でみたマサさんと変わりなくて、でも会ったのは初めてで変な感じだった。

マサさんも「本物のnanaだな」と笑った。エレベーターに載った時に手を握られたのでドキドキした。年甲斐もなくへへへと照れた。

部屋に入って少しキスをされた。恥ずかしくてそれを逸らすみたいにマサさんを待つ間に近くの西武で選んだネクタイを渡した。濃い紫色のネクタイ。紳士服売り場を何周もして選んだ最初のプレゼント。どんな柄だったか今でもよく覚えている。

それからマサさんに抱かれた。でもそれは想像していたものとは違っていた。哀しいセックスだった。

抱かれたい

タケトとは共依存の関係だったと思う

私はマサさんにその事を指摘され、アホだと何度も言われた。マサさんは私の持病のことも、その薬で太ったことも、何もかも「気にしねー」みたいな人だった。

『 女がお腹が出てるなんて最高じゃねーかよ。魅力的だから痩せんな。』そんな事を言う人だった。旦那氏が機能不全になったことも『 女も性欲あるもんな。辛いよな』と言っていた。

辛いことがあってメソメソなくと『 泣いてんのかよー。オナニーしてすっきりして寝ろ!』が口癖だった。

私は自分の性欲をはしたないと思っていたから、マサさんのあっけらかんとした性欲丸出しの性格が羨ましかったし、好きだった。触れたい。抱かれたい。私の心の声。

そんな時、関東の一人暮らしの叔父が入院することになって不意にマサさんに会うチャンスが出来た。

何かのドラマのテーマ曲が流れちゃうような偶然に、縁に、私は決めたのだ。

「抱かれたいから、抱かれに行くよ」

人生で最初で最後だと思う。逢いに行くのではなく私は抱かれたいから抱かれに行く。

誰かに会うのも、誰かに抱かれるのも、必ず“ また”があるわけじゃないことを親友の自死で痛感していたから。

もう一人の登場

タケトと依存的な関係を続けていた私はその事もブログに書き綴っていた。そんな時にブログのメッセージに連絡してきたのが“ マサさん”だった。

四つ歳上のタケトと全く違うタイプの人だった。男臭くてエロいことも笑ってサラッという正直な人。

それまで何人もの人がメッセージをくれたけど、単発なやり取りだったり、目的が性的な事だったりでウンザリしていた時だった。何故かマサさんには惹かれた。LINEを交換して電話をした。彼は250キロ離れたところで暮らしている既婚者で、仕事は夜勤がメインだった。

多くの人が「なんて呼んだらいい?」と聞くのに、マサさんは最初から知り合いみたいにnanaと呼び捨てした。私の心にスルッと入り込んできた人だった。

マサさんとやり取りするうちに、自分の女として人としての『 好き』を思い出してきた。

比較できる人が出来た時、私はタケトのことが好きなのではないとやっと気がついた。

季節はいつの間にか春になっていた。

すてきな片思い

私のペンネームの由来

私が若かりし頃に放送されていたドラマ。このドラマがすごく好きなのだ。ちょっと主人公に自分を重ねる。

主人公はドジをしてしまった本当の自分を知っている彼と電話をすることになる

とっさに偽名・「林なな」と答えてしまった。由来はたまたま桂子の部屋の本棚にあった文庫本林真理子と吉本ばななの名前を合わせたものだった。

偽名でやり取りをする電話の時は素直な自分になれる。

私もいつもは社会生活を潤滑に送らせる為に本来の自分を隠している。ブログで自分の気持ちをアウトプットする時は素直でいたかった。だからペンネームはこのドラマの主人公が咄嗟についた偽名の「nana」にした。

私がnanaで居る時は素直でいたい

セックスレスも不倫もタブーな話かもしれない。でも誰かに聞いて欲しかったり、気持ちを共有したかったり、大人になったからこそ、そんな時が必要なんだよ

まずは誰のためでもなく自分のために。そして欲張るなら誰かの気持ちに寄り添えるように。そんな気持ちでこれからもブログを続けます。

ありとあらゆる行為

タケトに依存していた私はもともとなんでものめり込んでしまう性格が災いし、快楽を追求してありとあらゆる行為をした。タケトはそれを受け入れてくれたし、喜んでくれた。

様々な大人のおもちゃを買って試したり、目隠しをしたり、紐で縛られたり。女としての性に否定的だった私はそれが許されたことで救われたような気がしていたのだ。

毎日女性として褒め言葉をくれた。可愛いよ。nanaちゃん以上の女性はいないよ。綺麗な躰だよ。最高に気持ちがいいよ。

どの言葉も不器用な旦那氏からは言われたことのない言葉だった。

電話を毎日し、LINEを数え切れないほどした。タケトにはその時間があったし時間を割くことを厭わない人だった。

私はちょうど仕事に復職するタイミングで支えが必要だった。需要と供給がマッチしたのだろう。

不安感を承認欲求をタケトで満たした。

家を出る言い訳も上手になった。多少、家庭のことを疎かにしても構わないとさて思っていた。

でもそれは“ 好き”とは少し違った。

その事に気がつくのに随分と時間がかかった。

クリスマスイブ

結婚してからクリスマスは娘のためのもので、自分のものではなくなった。それはとっても幸せなことだと思う。

まだ娘はサンタクロースを信じているので、私も旦那氏もありとあらゆる方法でそれを守ってあげたいと思っている。

写真は娘がサンタクロースへのプレゼントとして渡したいと買ったもの。私に小さな声で「サンタさんに渡すようのプレゼントですってお店の人に言ってね」と言うのでとても可愛かった。

朝になったら貴方の大好きな、貴方だけのサンタクロースがプレゼントを持ってきてくれていますよ。

旦那氏が夜勤の勤務先からLINEで「2階の和室の窓の鍵を開けて寝るように伝えて!」と・・・・

パパもママも貴方の笑顔が楽しみなクリスマスに変わったのよ

好きと依存

タケトとの距離が近くなってからは好きと言うよりは依存しているという関係だったと思う

私は優柔不断なので決断することが苦手だったし、グズグズしていてそれをタケトは丸ごと受け止めてくれた。どんどん甘えて依存して言った。体の関係も彼の要望をたくさん受け入れた。必要とされているようで嬉しかったのだ。

何よりセックスについて心配がなかった。いつも躰を褒めてくれて欲情してくれたので、コンプレックスだったことが解消されていくように感じていた。

この時は旦那氏とはセックスには至らないけれど、スキンシップは取っていた。もちろん私主導だった。

いつしか私はタケトに旦那氏とスキンシップをしてもいいか確認するようにまでなっていた。

墓参り

昨日は仕事を半日で切り上げてお墓参りに行ってきた。一年前が早いんだか遅いんだか、ここに来ると分からなくなる。

天国の親友は美人で愛嬌があった。それはもうモテてたし、その才能があったと思う。私たちが仲良くできたのは男の趣味が違うからだ。

これは女の友情で欠かせないこと。

墓前で近況報告
・銀行マンには振られて今はマスコミの人といい感じ

墓前でお祈り
・四十九日法要の時からお願いしている中イキしたいを早く叶えて下さい
・生前デートに行く報告した時にホテルに誘われると断言したから買った下着代をホテルに誘われなかったから弁償して欲しい

その後に仕事で忙しくて共通の友達たちへお墓参りの報告LINE。もう1人の親友が「私たちってこの一年頑張ったよね」と返信が来て、途端に涙が溢れた。

そうなんだよ。

歯を食いしばって頑張った一年だった。救えたんじゃないかという後悔と、笑ってくれる話し相手を失った悲しみと、自分らしく生きることを懸命に考えた。

家に帰るとホッとして深く眠った。起きると旦那氏と娘が夕飯を食べ終えていて、私は旦那氏に甘えておむすびを握ってもらって食べた。

天国の親友よ!

いいだろー(笑)