Tinder#冬の人-⑪

そして私たちは古ぼけた和室のラブホテルの休憩という制限のある時間制の中で結ばれた

ごくごく普通のセックスだった

冬の人は雄だったし、私は雌だった。求め合う二人がいた

それでも私は魔のようなコンプレックスである勃起不全の呪いに怯えていて、途中で萎えてしまわないか、中折しないか、射精できるのか、惹かれて興奮している場面にも関わらずそのことを気にしていた

本当に呪いのようだ

冬の人はアルコールのせいで途中、危うげだったがなんとか最後までに至った

私は冬の人に事前に自分がセックスレスなこともその理由も説明していたから、気にしてくれたのだと思う

そして残り時間が迫るカウントダウンのようなピロートークで

『アルコールを飲むとやっぱりコントロールが効かない部分がある。次会うときはセックスをしてから飲みに行くという順番はどうかな?』

と実に真面目な顔で言われた

大真面目に言われたので笑ってしまったが、私は冬の人の気遣いへの嬉しさと、初対面で深い関係になってしまい、次がないという何度かの経験をしていたから、次の約束をしてくれたことにほっとしていた

私たちは結婚をしていて、恋愛ごっこではなく男と女として相手と向かい合うのだからセックスが目的だというのは明白で、その為の手段は多岐にわたるとしてもその目的なしでは存在しえない関係であることを忘れてはいなかった

ホテルを出て駅まで歩いた

駅の近くになったとき私は冬の人の握っていた手を離した

秋の人と同じ理由で彼を失いたくなかった。少しの間手を繋げないことよりも、この先長く一緒にいられる人生である方を選びたかった

彼が改札まで見送ると言ってくれたので

「幾つだと思ってるの?子どもじゃないから大丈夫」

と改札へ向かう長い階段の前で別れた

私がこのセリフを言う時は、相手が私を心から気遣ってくれるのが分かった時に照れ隠しで言ってしまう癖のようなセリフだった

Tinder#冬の人-⑩

『初対面でこんなこと言うのはどうかと思うし、nanaの意志を尊重していい。二人で過ごせるところに行きたい』

私も大人だ。それが示すものがカラオケじゃ無いことくらい分かる

「えーーっ!!!」

と大袈裟に言って、彼が少したじろぐのを見てから

「私も同じ気持ちだー!!!」

と更に大袈裟に言って、レモンビールを飲んだ私たちは路地で声を出して笑った

二人とも気持ちが急に抑えきれなくなって行動したので、この近くにラブホテルがあるかさえ分からなかった

いい大人二人がgoogleMAPを頼りにラブホテルを探して歩いた

スマホを手にしながら必死な二人はひどく滑稽だった

“あと五分”

寒かったので励ましあった

googleMAPが案内してくれたのは、隣に熟女キャバクラの煌々とした看板がある古ぼけたラブホテルだった

ニューヨークが本店の有名なブランドと同じ名前のラブホテルは、ニューヨーク感は全くなく部屋が和室で二人してまた笑った

私の終電を気にしてくれて、ラブホテル特有の匂いのするサラサラのシーツに二人ではしゃいでダイブした

ヘラヘラと笑う私を冬の人が何も言わず見つめて来たので、胸が急にドキドキと音を立てたのが分かった

Tinder#冬の人-⑨

店の外に出るとまだワイワイガヤガヤと賑やかだった

寒々しい木々には気の早いイルミネーションが取り付けられていて、冷たい空気がネオンとイルミネーションを効果的に演出していた

冬の人が

『まだ大丈夫?』

と聞いてくれた。私は「うん」と答えてから「さっきはご馳走様。これ良かったら」と手土産を渡した

味海苔と瓶詰めの牛しぐれ煮を選んでおいた。単身赴任の家にあっても不自然じゃないもの。消えてなくなるもの

『味海苔、大好きなんだ。ありがとう。俺は何も用意してなくてごめん』

と言った。そして

『寒い、寒い』

と大きな声で言ったあとに手をそっと繋いでくれた

私はそれを拒否する理由はなかった。秋の人と突然別れが来たように、不倫という関係はお互いの気持ちが一致した時にその気持ちに素直になっておいた方がいいものだと強く思っていた

『どこかお店でも探そう』

そう言って少し歩いて、奥まった路地の途中で立ち止まってキスをした

会う前のやりとりで意志を伝えていた

“これは仮定の話。もしも二人が男と女の関係になったらその時は素直に気持ち良くなろう”

冬の人は男で、私は女なのだ

冬の人はキスをした後に臆することなく

『とても気持ちがいい。一度キスしただけでそれが分かる』

といい、私はこう返した

「一度だけ?」

そして冬の人がもう一度キスをしようと顔を近づけたのをわざと交わした

男性がキスを不意に交わされると、雄の顔を見せることを知っているから、わざと交わした

ゆるりとしたキスがしたいから絶対にキスをするに変わる瞬間

絶対にキスをする

のキスの方が好きだから

私は冬の人から絶対にキスをするという雄の本能みたいな深いキスをもらった

Tinder#冬の人⑧

『なんで左側の方が落ち着くの?』

「人って左側に心臓があるでしょ?心臓がある場所よりもなるべく距離を保った方が本能として安心するのよ。つまりね、ここにいる私たち以外の6組のカップルは初対面ではなくある程度打ち解けた関係であることが見て取れる」

『ということはnanaはまだ僕に打ち解けてないってことだね』

「貴方にって言うよりも私は臆病者で警戒心が強いのよ」

『いつかこの6組のカップルみたいにnanaが右側にきても落ち着くようになれるといいね』

私はもうここら辺で心を持っていかれていた。完全に。完璧に。するりと

自称Webデザイナーの冬の人の職業は全く違っていて、本当はマスコミ関連だった。彼が躊躇することなく勤務先名を教えてくれたので、私は二人の距離が近づくのを感じた

採用試験の面接で超好感触と言ったところだろう。相変わらず私はヘラヘラしていた

仕事のこと、家庭のこと、一瞬の隙間もなく話し続けた。レモンビールを二人してお代わりして、大きなグラスが三杯空になった

冬の人が『飲み物も料理も美味しい。程よくガヤガヤしている。いいお店を予約してくれてありがとう』と言ってくれた。

『実はとてもドキドキしていた』そうも言ってくれた。

そしてそれを口にしたのはドキドキしているにもかかわらず、それを私に伝えたいという合図だと受け取った

私はポジティブだった。そしてまたヘラヘラと笑っていた

人気のこのお店は18時からの予約で2時間過ぎたところで“次のお客様がお待ちですので”と会計を促された

店に入る前にしたようにガラス張りの扉で、私はもう一度自分の姿をチェックした。占いも何も信じないけど、ちょっとした験担ぎだったのかもしれない

Tinder#冬の人-⑦

「おまたせ」

私はヘラヘラと笑って声をかけた。振り返った冬の人は写真で見るよりも魅力的で少し見とれた

その少し見とれている間に8秒以上経ってしまっていただろう。褒めるどころか言葉が上手く出なかった

後ろで店員さんがおしぼりを持って待っていたので、彼が『とりあえず座ったら?』と促してくれて、ようやく私は席に着いた

席は冬の人が言っていたように私の左隣が彼という並びだった

冬の人は先にレモンビールを飲んでいた。私はレモンビールというものを知らなくて、それでも初めて交わすお酒がレモンという名が付くのが気に入って同じものを注文した

大きなグラスと瓶がテーブルに届いて、タプタプと音を鳴らしてグラスにレモンビールが注がれた

私はこの時の情景を今もリアルに思い出すことが出来る

冬の人に

「さっきの質問の答えね・・・。あっ、その前に私は自分が左側で男の人が右側が落ち着くのよ」

そう言うと冬の人は

『それなら落ち着くように場所を変わろう』

とカウンターに居た7組のカップルの中で、私たちだけがその並び順の法則を破って座ることにした

それがレモンビールで始まった二人の時間の開始の合図だった

Tinder#冬の人-⑥

当日はお店の中で待ち合わせることにした

駅で『はじめまして』「こちらこそはじめまして」と出会い系特有のお決まりの挨拶を交わしたくなかった

立派なアラフォーなんだけど、幼稚でロマンティックなんだろうな。二人の出会いは特別だって思いたかった

その頃、私はTwitterで“男女の出会いは出会って8秒ルール”というものを拝読していた

なんでもいい出会って8秒以内に相手を褒める言葉を口にする。特別な事じゃなくていい。「背が高いんですね」程度でよい。そうすると相手から好印象を受けることが出来て、男はこれに弱い!!

私は単純だからこれを冬の人に試そうと真剣に思っていた

先に店に着いた冬の人から『嫌いなものがなければ適当に注文しとくよ』と言う連絡と『カウンターに並んでいる男女の並び方が男が左で女が右なんだけど、なんでだろう?』とメッセージが来た

駅から早足で店まで向かっているのを分かっていて、この質問を投げかける彼は変わっていた

「嫌いなものはないからハイセンスな注文よろしくね。その男女の並びについての解説なお店に着いたらする」と返信した

冬模様の土曜日の夜は沢山の人で賑わっていた。店の扉はガラス張りでカウンターがそこから見えた

カップルだらけの中、居心地が悪そう過ごしているのはひとりだけだったので、すぐにその人だと分かった

私はガラス張りの扉で鼻が赤くなっていないか最終チェックをして扉を開いた

Tinder#冬の人-⑤

『見つけてくれてありがとう』

そうメッセージが返ってきた

「見つけ出せてよかった。もう勝手に居なくならないで!居なくなる時はちゃんと言って!」

私はそう伝えて、冬の人に個人の連絡先を聞いた。もう同じ想いをしたくなかった。冬の人は変わっていて、LINEをインストールしていなかった。

「LINEをインストールしていない人に初めて出会ったよ」

『あんまり人とかかわりたくないから』

そう言いつつもインストールしてもらったLINEの交換をした。ホッとした反面、私はどこかでこの人はこんな風にまた消えてしまう人かもしれないと不安だった。一度されたことは心に残るのだ

私は彼に直接会って話をしたいと伝えた。会って私を知って欲しかった。言葉ではなく、冬の人そのものに触れたかった。

その2週間後に会う約束をし、お店は私が探した。お店選びも当日着ていく洋服も、その前に行こうと予約した美容院も全てがワクワクした

時々、こんな風に恋愛に依存して誤魔化しているのか、もともとそういう性格なのか分からなくなる

ちょっとだけ不安になる

『美味しかったね』が聞きたいのと同時に既婚者である彼のお財布事情が分からず、カジュアルなスペインBALを選んだんだ

初めましてだからカウンターの横並びの席にをお願いした

正面だとやっぱり恥ずかしいから。アラフォーになっても惹かれる人と出会う時はいつもこんな具合になる

天国での誕生日

今日は天国にいる親友の誕生日だ

そもそも亡くなった人間の誕生日おめでとうはどう考えてもおかしい気がするのだが・・・・

そこは置いといて

親友は最後の方は、お皿にスプーンやフォークの当たる“カチャ”という音に恐怖を感じていた。パスタもカレーもみんなで木の箸で食べていた

もしこの先に木の箸の音が嫌になったら手掴みで食べたって良かった

それがもしレストランで白い目で見られようが平気だった

私は彼女との食事が好きだった

彼女が天国にいっても生活は今も大きく変わっていない

ただ彼女を失って間違いなく私の生涯大笑い回数は減った

彼女と深夜まで話し込んで、泣いたあと大笑いした。今度は大笑いし過ぎて泣いていた

まだ彼女のことを思い出して泣いてしまう。そんな自分を否定もしないし、我慢もしない

私はきっとこの先もクヨクヨと泣く

それを素直にするのは、彼女がそういう私を一度たりも否定しなかったからだ。クヨクヨする私も調子に乗って惚れっぽい私も“nanaちゃんらしくていい”とよく笑って言った

また一緒に笑える日まで私は私らしく

今日も明日も明後日も命がある限り生きるのだ

Tinder#冬の人-④

新しくアカウントを作り直して、写真は冬の人が分かるように同じものにした。プロフィール欄には

「たったひとりの人を探すためにリトライしています」

と読んだ人がマッチングを避けるような内容にした。誰かとマッチングしたいわけではない。冬の人とだけマッチングしたいのだ

ひたすら画面をスワイプした

彼が東京に戻っている期間はアプリの機能で距離が離れて過ぎていてマッチングしないのは分かっていた

(GPSで距離が判定されるので170キロ以上だとマッチングしないシステム)

冬の人が東京に居る時は247キロ

こちらにいるときは25キロだった

そして彼を見つけた

たった一回だけ使えるスーパーライクを押した。これで彼が気がついてメッセージが返信されればマッチングとなる

もうやるべき事はやった

この後の選択は彼次第だった

Tinder#冬の人-③

冬の人との言葉のやりとりが好きだった

この人となら分かり合える予感がしていた。数千の人とマッチングした。ハイスペックでイケメンもいたのに私が心惹かれたのは陰と陽で言えば陰の冬の人だった

出会いにはタイミングがある。縁もある。結びつく相手とはその二つが揃う。お互いの想いとはまた別のもので、神様は時々意地悪をする

頭の中で何度も冬の人とは縁がなかったのだと繰り返した

惚れっぽいのだ。触れてもいない人に言葉のやり取りだけで惚れていた。自分でも呆れる

冷静になろうと10日ほど時間が流れたが、私の冬の人への想いは変わらなかった。私は迷うことなくTinderのアカウントを削除することにした

アカウントを削除して、再度アカウントを取得すればマッチング解除された相手でも新規アカウントと認識される

マッチングした3500人は捨てた

迷いなく!

冬の人がまだTinderにいるという保証はなかった。それでもみっともなく足掻こう。自分の気持ちを成仏させてあげよう!そんな気持ちだった。

「見つけ出して縁を繋いでみせる」

私はこの惚れっぽいさと潔の悪さでいつも痛い目にあう。分かっていてもそういう性分なのだろう

彼を探す冒険の始まりだった