冬の人#Ⅳ

日が落ちかけた頃

“もうすぐ着くよ”

と冬の人からメッセージがきた

“今ホテルの近く”

“ホテルの前”

“ホテルのロビー”

“エレベーターに乗った”

“部屋の前”

会う前のカウントダウンみたいなメッセージが届いた

「おかえりなさい」

そう言って私は出迎えた

冬の人が荷物を置いている間に、夕暮れの街を窓から見ていた。冬の人が後ろから抱きしめてくれて、付けたての髪のコロンに『いいにおいがする』と笑った

私たちは日が暮れるのと同じタイミングでセックスをした。2度目の少しだけ緊張が和らいだセックス

『まだまだ時間がたくさんある』と彼が言ってくれたのが嬉しかった

焼き鳥屋に行く間も、食べている間も、食べ終わった後も私はご機嫌に喋り続けていた。声に出して大声でなんども笑っては、冬の人がそれにつられて笑った

焼き鳥屋のお会計を冬の人が出してくれると言ったけど、私は「今回は私が出すから、次回はお願いします」と断った。念の為、念の為に約束をしておきたかった

焼き鳥屋を出て『まだ時間が沢山あるから少し歩こう』とイルミネーションの街を二人で笑いながらまた歩いて、珈琲を飲んで、また歩いてホテルに戻った

そしてその日2度目の、出会ってから3度目のセックスをした

冬の人#Ⅲ

私はいわゆるシティホテルを予約した

ラブホテルではなくて、いつでも外出可能なホテルがよかった

夕飯のお店も本を出しているブロガーさんの記事を読んで、カウンターのみのこだわりの焼き鳥屋さん(高級)を予約した

クリスマスが近かったから

ちょっと特別にしたかったから

不倫だとしても二人で過ごす時は恋人同士なんだから・・・

彼の家族は東京でこの街ではリスクも少ない。一生懸命に考えてそうした

そして会う前の週、冬の人が東京に戻っている間にデパートでクリスマスプレゼントを選んだ。紺色の筆箱。これなら職場で使うからバレない

こんな風な恋人ごっこが私は好きな幼稚な人間なのだ

典型的な恋に恋するタイプ

ホテルには私が先についた

いつもそう。誰の時もそう。私の勢いが常に勝っている

カップルだったのを気を使ってくれたのか最上階の角部屋だった。窓の外を観るとイルミネーションとクリスマスマーケットがやっていた

小さな移動式のメリーゴーランドがあって、最上階からでも小さな子どもを連れた家族連れが並んでメリーゴーランドを待っているのが分かった

私はそれを観たら切なくなって、まるで何も無かったかのように冬の人が来る前に髪の毛にお気に入りのコロンを纏った

冬の人#Ⅱ

私は欲張りな人間なのだろうか?

それとも我慢弱い人間なのだろうか?

初めて彼氏が出来てから若い頃こそ色々あったが(浮気されたり)、比較的相手に大事にされてきたと思う

会う時間を作ってくれて、行きたい場所へ連れてってもらい、時には旅行にも行って、セックスをした

デートには自宅に迎えに来てもらい、送り届けてもらった。記念日には必ずお祝いしてもらった。見た目や体型を卑下されたことは無く、私をほかの何かに変えようとする人はいなかった。ありのままで生きてきた

それは友人関係も同じだった

けれど、不倫となるとその方程式は通用しなかった

私は二回目に会う時、一回目よりもたくさん二人で過ごせるようにホテルでの宿泊を希望した

冬の人も喜んでくれた

一緒に過ごして、セックスを沢山して、言葉を交わして、触れ合って二人の関係を確信的なものにしたかった

もう別れを返して悲しむのが嫌だった

独身時代に付き合った人とは数年単位で付き合っていた。だから不倫になると何故こうも関係が短期的なのか分からなかった

とにかく強い関係を!

壊れない絆を!

私をもっともっと知ってよ!

私は私の欲望を押し付けるモンスターみたいな女になりつつあった

冬の人#Ⅰ

私は冬と人と結ばれたことで心底ホッとしていた。もうマッチングアプリをしなくても良くなったこと。胸の内を吐露する人が出来たこと。未来を共に過ごしてくれる人が出来たこと

そして・・・・
セックスが定期的に出来るようになったこと
年末に向けて冬の人は繁盛期だった

朝早くから働き、帰りが夜中になると『自転車で一時間くらい徘徊してきた』と教えてくれた。冬の人の気分転換方法なのだと知った。誰かと過ごすよりそんな風に気分転換をする人だった

私たちは次のデートや行きたい場所を深夜のメッセージでやり取りした

彼の好きな映画や有名な神社なんかが候補だった。ついでに温泉も行こう!と不倫であることを除けば普通のカップルのようだった

2週間に一度彼が東京へ戻る時は私なりに自分の過ごし方を模索して、辛くならないようにした

それぞれ大事なものがあるのだ 秋の人の時のように失いたくなかった。今度こそは何十回も何百回もセックスがしたかった

それこそが私の目指すもので、信念だったセックスがしたいのではなく、セックスもしたいを叶えたかったから

感情的にならず良い距離感で冬の人を好きでいたかったから

不倫を上手に出来る人などいない

それでも私は私なりに過去のことも踏まえて頑張ったのだ

遺されたキミへ贈る言葉

天国の親友の息子の高校進学祝いで焼き肉へ

私たち家族と
主役の息子と彼の父親

(天国の親友の元夫)
もうひとりの親友というメンバー

久しぶりの楽しい宴

新しい門出を迎えるキミに伝えたいこと
遺されたキミへの贈る言葉

キミはこれからたくさん成長する
そしてたくさん躓くだろう
私もキミのママも随分と随分と随分と
躓いてきたからね

その躓きを乗り越えてきたり、心に封印して誤魔化したり、また風邪みたいにぶり返して挫けたり、それでも一緒に泣いて笑って過ごしてきたんだよ

だからどうか
たくさん、たくさん躓いてほしい
躓くことを恐れない人になって欲しい

そして一番お願いしたいこと
あくまで躓くのは自分のことだけを希望する

キミのママが選んだ、選びたくなくてもそうなった結果のことでは出来るだけ躓かないようにしてくれないだろうか?

キミのママの事は私たちに投げつけて欲しい

なんでだよ!

と罵倒して責めてくれていい
みんなのせいだ!

と泣いてくれていい

私たちはもう大人だし、キミにどんなに投げつけられようと受け止める準備は出来ている

ドンと来い

中学の卒業式でクラス全員に手紙を書いて渡したと聞いて、おばちゃんは泣いてしまった

キミがママが望んだ男の子になっている!
と知って安心した嬉し涙だよ

さあ!4月からピカピカの高校生
アオハルの季節を思う存分楽しむがいい

Tinder#冬の人-⑪

そして私たちは古ぼけた和室のラブホテルの休憩という制限のある時間制の中で結ばれた

ごくごく普通のセックスだった

冬の人は雄だったし、私は雌だった。求め合う二人がいた

それでも私は魔のようなコンプレックスである勃起不全の呪いに怯えていて、途中で萎えてしまわないか、中折しないか、射精できるのか、惹かれて興奮している場面にも関わらずそのことを気にしていた

本当に呪いのようだ

冬の人はアルコールのせいで途中、危うげだったがなんとか最後までに至った

私は冬の人に事前に自分がセックスレスなこともその理由も説明していたから、気にしてくれたのだと思う

そして残り時間が迫るカウントダウンのようなピロートークで

『アルコールを飲むとやっぱりコントロールが効かない部分がある。次会うときはセックスをしてから飲みに行くという順番はどうかな?』

と実に真面目な顔で言われた

大真面目に言われたので笑ってしまったが、私は冬の人の気遣いへの嬉しさと、初対面で深い関係になってしまい、次がないという何度かの経験をしていたから、次の約束をしてくれたことにほっとしていた

私たちは結婚をしていて、恋愛ごっこではなく男と女として相手と向かい合うのだからセックスが目的だというのは明白で、その為の手段は多岐にわたるとしてもその目的なしでは存在しえない関係であることを忘れてはいなかった

ホテルを出て駅まで歩いた

駅の近くになったとき私は冬の人の握っていた手を離した

秋の人と同じ理由で彼を失いたくなかった。少しの間手を繋げないことよりも、この先長く一緒にいられる人生である方を選びたかった

彼が改札まで見送ると言ってくれたので

「幾つだと思ってるの?子どもじゃないから大丈夫」

と改札へ向かう長い階段の前で別れた

私がこのセリフを言う時は、相手が私を心から気遣ってくれるのが分かった時に照れ隠しで言ってしまう癖のようなセリフだった

Tinder#冬の人-⑩

『初対面でこんなこと言うのはどうかと思うし、nanaの意志を尊重していい。二人で過ごせるところに行きたい』

私も大人だ。それが示すものがカラオケじゃ無いことくらい分かる

「えーーっ!!!」

と大袈裟に言って、彼が少したじろぐのを見てから

「私も同じ気持ちだー!!!」

と更に大袈裟に言って、レモンビールを飲んだ私たちは路地で声を出して笑った

二人とも気持ちが急に抑えきれなくなって行動したので、この近くにラブホテルがあるかさえ分からなかった

いい大人二人がgoogleMAPを頼りにラブホテルを探して歩いた

スマホを手にしながら必死な二人はひどく滑稽だった

“あと五分”

寒かったので励ましあった

googleMAPが案内してくれたのは、隣に熟女キャバクラの煌々とした看板がある古ぼけたラブホテルだった

ニューヨークが本店の有名なブランドと同じ名前のラブホテルは、ニューヨーク感は全くなく部屋が和室で二人してまた笑った

私の終電を気にしてくれて、ラブホテル特有の匂いのするサラサラのシーツに二人ではしゃいでダイブした

ヘラヘラと笑う私を冬の人が何も言わず見つめて来たので、胸が急にドキドキと音を立てたのが分かった

Tinder#冬の人-⑨

店の外に出るとまだワイワイガヤガヤと賑やかだった

寒々しい木々には気の早いイルミネーションが取り付けられていて、冷たい空気がネオンとイルミネーションを効果的に演出していた

冬の人が

『まだ大丈夫?』

と聞いてくれた。私は「うん」と答えてから「さっきはご馳走様。これ良かったら」と手土産を渡した

味海苔と瓶詰めの牛しぐれ煮を選んでおいた。単身赴任の家にあっても不自然じゃないもの。消えてなくなるもの

『味海苔、大好きなんだ。ありがとう。俺は何も用意してなくてごめん』

と言った。そして

『寒い、寒い』

と大きな声で言ったあとに手をそっと繋いでくれた

私はそれを拒否する理由はなかった。秋の人と突然別れが来たように、不倫という関係はお互いの気持ちが一致した時にその気持ちに素直になっておいた方がいいものだと強く思っていた

『どこかお店でも探そう』

そう言って少し歩いて、奥まった路地の途中で立ち止まってキスをした

会う前のやりとりで意志を伝えていた

“これは仮定の話。もしも二人が男と女の関係になったらその時は素直に気持ち良くなろう”

冬の人は男で、私は女なのだ

冬の人はキスをした後に臆することなく

『とても気持ちがいい。一度キスしただけでそれが分かる』

といい、私はこう返した

「一度だけ?」

そして冬の人がもう一度キスをしようと顔を近づけたのをわざと交わした

男性がキスを不意に交わされると、雄の顔を見せることを知っているから、わざと交わした

ゆるりとしたキスがしたいから絶対にキスをするに変わる瞬間

絶対にキスをする

のキスの方が好きだから

私は冬の人から絶対にキスをするという雄の本能みたいな深いキスをもらった

Tinder#冬の人⑧

『なんで左側の方が落ち着くの?』

「人って左側に心臓があるでしょ?心臓がある場所よりもなるべく距離を保った方が本能として安心するのよ。つまりね、ここにいる私たち以外の6組のカップルは初対面ではなくある程度打ち解けた関係であることが見て取れる」

『ということはnanaはまだ僕に打ち解けてないってことだね』

「貴方にって言うよりも私は臆病者で警戒心が強いのよ」

『いつかこの6組のカップルみたいにnanaが右側にきても落ち着くようになれるといいね』

私はもうここら辺で心を持っていかれていた。完全に。完璧に。するりと

自称Webデザイナーの冬の人の職業は全く違っていて、本当はマスコミ関連だった。彼が躊躇することなく勤務先名を教えてくれたので、私は二人の距離が近づくのを感じた

採用試験の面接で超好感触と言ったところだろう。相変わらず私はヘラヘラしていた

仕事のこと、家庭のこと、一瞬の隙間もなく話し続けた。レモンビールを二人してお代わりして、大きなグラスが三杯空になった

冬の人が『飲み物も料理も美味しい。程よくガヤガヤしている。いいお店を予約してくれてありがとう』と言ってくれた。

『実はとてもドキドキしていた』そうも言ってくれた。

そしてそれを口にしたのはドキドキしているにもかかわらず、それを私に伝えたいという合図だと受け取った

私はポジティブだった。そしてまたヘラヘラと笑っていた

人気のこのお店は18時からの予約で2時間過ぎたところで“次のお客様がお待ちですので”と会計を促された

店に入る前にしたようにガラス張りの扉で、私はもう一度自分の姿をチェックした。占いも何も信じないけど、ちょっとした験担ぎだったのかもしれない

Tinder#冬の人-⑦

「おまたせ」

私はヘラヘラと笑って声をかけた。振り返った冬の人は写真で見るよりも魅力的で少し見とれた

その少し見とれている間に8秒以上経ってしまっていただろう。褒めるどころか言葉が上手く出なかった

後ろで店員さんがおしぼりを持って待っていたので、彼が『とりあえず座ったら?』と促してくれて、ようやく私は席に着いた

席は冬の人が言っていたように私の左隣が彼という並びだった

冬の人は先にレモンビールを飲んでいた。私はレモンビールというものを知らなくて、それでも初めて交わすお酒がレモンという名が付くのが気に入って同じものを注文した

大きなグラスと瓶がテーブルに届いて、タプタプと音を鳴らしてグラスにレモンビールが注がれた

私はこの時の情景を今もリアルに思い出すことが出来る

冬の人に

「さっきの質問の答えね・・・。あっ、その前に私は自分が左側で男の人が右側が落ち着くのよ」

そう言うと冬の人は

『それなら落ち着くように場所を変わろう』

とカウンターに居た7組のカップルの中で、私たちだけがその並び順の法則を破って座ることにした

それがレモンビールで始まった二人の時間の開始の合図だった